センサーVS

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栃木県の一味違うDM、チラシ、フライヤー、ロゴマーク、ホームページのデザインします。

それにしても昨今の「人感知センサー」の進化っぷりはスゴイ!入室すると自動的に電気がついたり、空調が作動したり、エスカレーターだって人が近づいたら動き出すものもあったりする。私の幼少期はせいぜい自動ドアくらいしかなかったと思うねんけどなあ・・・。
公共のトイレにおいては、さすが抗菌大国ニッポン!“人感知センサー祭り”だ。個室に入った途端、便座のフタが自動的に開いたり、便座から離れると水が流れたりする。個室から出てきても祭りは続く。水道に手をかざすだけで水が出たり、せっけん水まで自動で出てきたり。そしてハンドドライヤーが大トリで祭りを華やかに締めくくるといった塩梅だ。
雑菌やウイルスから私たちを守るため、極力トイレのどこにも触れずに用を足せるという素晴らしいシステムにはいつも驚かされる。ただ、驚くことがあっても嬉しい!助かるわ~っ♡て思ったことが正直ない。それくらい自分でやりますやん!自分のベストなさじ加減とタイミングがあんねんけど!って思ってしまう。そんな喧嘩ごしスタンスでいるからなのか、センサーに弄ばれることがしばしばある。
便座に座ろうしたらフタが閉じようとしてきて危うくお尻を挟まれそうになったり、手をかざして流すタイプのセンサーがちっとも反応してくれないので手をあらゆる角度で色んなポーズに形を変えてみるもピクリとも反応してくれなかったり・・・。この時は焦りとともに怒りすらこみあげたっけ。そして途方に暮れてセンサーに般若のような顔を近づけたら流れたという・・・。なんてトリッキーなシステム!!!
もちろん自動水栓やハンドドライヤーが作動しないってことも経験あり。たまたま故障してたんかもやけど、こう度重なると、私って人として感知されてへんの?なんか人として欠落してるんとちゃうか?ってうっすら不安よぎりますやん・・・。機械に認められないと生きていけなくなる時代なのに!けれど支配はされたくないの!ああ、どうしたらうまく共存できるんやろう・・・。

でも心配なのは“VS人感知センサー”だけではない。“VS人間”においても似たような経験があるから困ったもんだ。
人通りの多い道で人とぶつかるのはまあ仕方ない。でも横幅が広くて人通りの少ない地下道で端っこを歩いてるのに、逆サイドから歩いてくるファミリーがどんどん私の方に近寄ってきてあわや接触寸前!ってどやさ??何事もなかったかのように通り過ぎていったファミリーを呆然と眺めながら思わず一緒にいた友人に聞いた。「あのさー、私のこと・・・見えてる??」「う、うん。私には・・・ね。」と優しい友人は半笑いで答えてくれたっけ。
また、エレベーターで一番奥に立っていた時のこと。扉が開いて数名乗ってきたので、前にいた人が私に向かってズンズン後ずさりしてきたのだ。えっ!?マジか??壁まで追いやられて逃げ場がもうない!サンドイッチを覚悟した瞬間、持っていた傘がその人の背中にヒット☆おかげでやっと気づいてもらえてピンチを脱出!その日が雨でほんまに良かった・・・。
この2つのエピソードを振り返ると、いつから人としての気配が薄らいでしまったんやろか・・・、何も考えずにぼんやり佇んでいたらどんどんオーラがなくなって壁と同化してしまったんやろか・・・などとちょっと思い悩んでしまった。このままではあかんなぁ。鈍感になりつつある自分の中のセンサーを今一度磨かなくては!そして薄らぎつつある自分の存在感よ、再びよみがえれ~!!

そもそも「存在感のある人」とは?
たとえばその人がいるだけで場が華やいだり和んだり、また、その人がいないと不安になったり寂しかったり・・・。愛されキャラで皆から頼られるタイプの人に多いかもしれない。これは良い意味で存在感がある場合。逆に、自己中心的でネガティブアピールが過剰な人は周りを振り回し不快な印象を与えることで強烈な存在感を放つ。
そういえば中学生の頃の私は、この前者の愛されキャラタイプの人にコバンザメのようにくっついて生きてきたタイプだ。転校生ということもあったので、下手に目立つといじめられる可能性があった。ひっそりとコバンザメに徹したおかげでいじめられることはなかったが、個性は埋没していきクラスでの存在感はかなり薄かったと思う。多分同窓会で欠席しても気づいてもらえないんちゃうかなあ・・・ああ、これじゃやっぱ寂しいなぁ・・・。いかん!中学時代はネガティブエピソード満載なもんで、思い出すとテンションサゲサゲ~(涙)
そんなあかんたれな気分になった時救ってくれるのは、控え目な人の静かなる活躍だ。
たとえば、お年寄りに席を自然に譲る学生さんだったり、エレベーターのボタンをずっと押して他の人を先に降ろしてくれるOLさんだったり・・・。
彼らにとっては当たり前の行動で見返りなど期待していないからこそ、美しく輝いて見える。自然体で控え目なのにしっかりとした存在感が彼らにはある。「存在感」って目立つことだけではないんやね。彼らのスマートな行動に心の中で惜しみない拍手を送りながら、私もそうならねばなといつもそう思うのだ。目指すところは・・・
自然体なのに、内に秘めた情熱が沸々とたぎっている人
決して押しつけがましくないポジティブシンキングな人
飛躍的に言っちゃえば、「ギンギラギンにさりげなく」が私の理想形かな!大人になってようやくこのタイトルの深い意味を知ったような気がするわ~。
よし!これから座右の銘は「ギンギラギンにさりげなく」で決まりネ♪
なんのこっちゃ(笑)

それではまた~☆彡

 

[ イナ〜☆ ] E-Mail: inadasu@hotmail.com